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リトリートの感想 |
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2、ハワイでの個人セッション(第3回)
3日目(2004年3月7日) (1)真実の自己を守る
{2日連続してフーマンのセッションを受けたのは初めての事で、私は未だかつてない強烈なインパクトの中にいた。
実は、P氏も私と同時期にフーマンのワークを受けにパートナーと共にハワイ島に滞在していた。P氏は私の長年の道友で、OSHO、アジズ、フーマンと同じ道を歩んでいる。精神的探求を長年続けながら、才色兼備の女性をパートナーとしてビジネスの世界でも成功している。探求の旅の途上において私は大勢の探求者たちと出会ったが、お金と時間と社会的成功の全てをバランス良く手にしている日本人の探求者はP氏以外に知らなかった。OSHOの語る「ゾルバ・ザ・ブッダ」の生き方を文字通り実践している人物の様に思えて、私は日頃から彼の生き様に敬意を払っていた。
フ:今回はこれが最後のセッションとなる。
キ:前回のセッションで、未だかつてない程強烈なインパクトがありました。 フ:なるほど。
キ:特に一昨日の夜、瞑想を始めたら非常に深いくつろぎが起こりました。それは私の努力とは無関係に、今へと引き込まれる体験でした。 これこそが「絶対の境地(absolute state)」だと思います。
フ:いや、絶対の境地とは違う。 「本当のあなた」の事だ。 あなたの自己は、既に平和であり、至福であり、気づきであり、深みであり、意識であり、愛であり、それらの全てだ。
キ:境地ではないのですね?
フ:それは境地ではない。 もしそれが境地だったら、瞑想した時だけその状態になり、普段は元の状態になる。 しかし、本当のあなたは境地を越えている。 そして坐らない時も、マインドがどんどん軽くなる。 だからあなたの場合、マインド全体が変容されつつあるという事だ。 あなたは自由であり、内側に全一性を感じる。
キ:そうですか。とにかく、その晩はどんどん深く内側に引き込まれました。 ところがちょうどその時、P氏から「遊びに来ないか?」という電話がありました。 でも「今は、悟りが起こりそうなくらい瞑想が深く入りつつあるから。」と断ったのです。 するとP氏は、「全ては存在のタイミングだから、悟りが起こる時は何があっても起こる。だからそんなに瞑想に深刻にならない方がいい。」と言うのです。 確かにP氏の言う通りちょっと深刻になり過ぎていたと思い、瞑想の事はしばらく脇において昨日はとても楽しい思いをしました。
フ:・・・。
{唖然とした表情のフーマンは何も言わない。居心地の悪い沈黙が訪れた。}
キ:私の質問は、私の選択で何かミスした事があるのではないか?という事ですが…。
フ:それは、よい選択ではなかった。
キ:じゃ、ミスしたという事ですか?
フ:いや、ミスしたという事ではない。 キ:ゾルバの部分を満喫はしたのですが…。 その晩だけ、あなたは私とたった一度だけ本当に出逢う体験が起りつつあった。 その晩の深い体験は、内側へのシフトが起こり本当の目覚めが起こりつつあるものだった。
フ:もう何度もあなたに語った様に、あなたは夢を手放さなければならない。 Pは夢だ。 本当の目覚めのチャンスというものは、いつもあるものではない。 Pはまだ悟っていない。 どうして彼が、悟りについて語る事が出来る。 どうして悟っていない人からのアドヴァイスを信じるのだ? 例えそのアドヴァイスが覚者の言葉を引用していても、それを鵜呑みにしてはいけない。
あなたの直感は既に知っているはずだ! どのアドヴァイスが正しいかという事をね。 その晩は、他の人々と繋がる事は正しい時ではなかった。 その事をあなたは既に感じていたはずだ。
キ:残念です…。 フ:その選択は、あなたの真実とは整合していなかった。 あなたが目覚めつつある「真実の自己」とは、既にあなたが知ってい部分だ。 それはあなたに、どうすれば良いのかを告げる。 それはハートで感じる事ができ、それは「イエス」か「ノー」かを非常にクリヤーに告げる。 そこに疑問は起きない。 そこに意識を向ければ、一人でいるべきかどうかの疑問の余地は全くなかった筈だ。
キ:そう言われれば確かに…。
フ:あなたは「真実の自己」を、自分自身で十分によく守らなければならない。 ちょうど自分の赤ん坊をしっかりと保護する様なものだ。 それはまだ成長の途上だから・・・。 子供は急激に成長するかと思うと、突然道を逸れ成長がストップしたり破壊的になったりする場合もある。
一昨日の出来事を悔いる必要はないが、自分に起こった出来事を統合する為に、独りでいる時間を持つ事は非常に大切だ。 統合が起こった後なら、何をしても問題はない。 それはいつでも「恩寵」による作用だ。 いつでも・・・。
キ:それでは、悟りは探す必要はないけれども、穏やかな自律は必要なのですね。
フ:その事は既にもう話しているはずだ。今は、とても大切な時期だ。 今は創造性を発揮する時でも、たくさんの物事をする時でもない。 非常に自然体でいて、流れに身を任せて手放して行く時だ。
あなたの体験した深さとは、キヨタカの体験ではない。 キヨタカが落ちた事によるものであり、本当に深い所に手放した結果だ。 そこに私がいる。 それはいつでも起こる出来事ではない。 しかし手放せば、その深みはいつでもそこにある。
{この時の出来事は「悔いる必要はない」とフーマンに言われたものの、いつになく厳しい語り口からして、非常に稀な機会を逃してしまった事は明白だった。 「この現象世界そのものが夢である」という事は、フーマンのワークで十分に理解した筈だった。しかし、その理解がストレートには「夢からの目醒め」に至らせてはくれない。マインドは、夢がさもリアルであると思わせる様々なトリックを創り出すが、私の場合、その一つが「ゾルバを生きるべきだ」という思考であり欲求だった。}
(2)何に明け渡すのか?
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