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恩寵の扉が開くまで |
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リトリートの感想 |
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2、ハワイでの個人セッション(第3回)
2日目(2004年3月3日) (7)ハートは既に知っている
キ:知る事(Knowing)とはマインドとは別なのですね?
フ:私は、真実について権威を持っている。 何故なら、私は「私は誰か?」を知ったからだ。 天照大神も、シヴァも、アラーも、仏陀も、私は知っている。 それらは全て同じだ。 私はOSHOを知っている。 それが、真実のエッセンスを知った者の権威だ。
自己の真実のエッセンスを知った者だけが、あなたに対して真実を目覚めさせる事が出来る。 「これ」がそれだ。 「これ」以外のなにものでもない。 This is it!
OSHOが今この椅子に坐っていても、違いはない。 同じものを与えるだろう。 そしてあなたの旅を、輪廻転生を終わらせるだろう。
私はあなたのカルマの旅を終わりにしよう。 あなたのカルマの旅とは探求であり、スピリチュアルな探求とは病気だ。 それがマインドだ。
{ 「スピリチュアルな探求とは病気だ」と言われた事は、大きなショックだった。 仏陀の説法の中に「毒矢の喩え」がある。 ある人が毒矢に射られた。直ぐに矢を抜く必要があるのに、誰が射たのか、どんな弓で、射た人の動機は…等々を議論していたら、その人は死んでしまうだろう。 恩寵とは毒矢を抜く手助けをしてくれる医者の様なものだ。
フ:私は、恩寵と愛と真実と至福と自由でもって、あなたの旅を終わりにしよう。 そして、この夢の中で自分は誰かを思い起こす。 マインドに翻弄されるのは、もう止めなさい。
なぜ、これがあなたに与えられたのか? それは、あなたのハートの純粋性による。 私が誰かのハートの純粋性を知る時、恩寵がただちに降りてくる。 それだけだ。
あなたのマインドは、他の人のマインドと同じくクレージーだ。 しかし、ハートの純粋性があると、そこに恩寵があなたに与えられる。 何生にも渡って、あなたは探求してきた。 あなたの探求は終わりにする必要がある。 そうする事で、新しい人生が始まる。 マインドでは知り得ない事を、あなたは理解するようになる。
あなたのハートだけが「恩寵」を知っている。 あなたのハートは既に知っているのだ。 神を、真実を、OSHOを、フーマンを既に知っている。 ハートだけが知っていて、マインドは知らない。 ハートは、既に、直ちに知る。 真実は、唯一ここ(ハートを指す)でだけで見出される。 そして、あなたがそれとなる。
私があなたと向き合って坐る時、私は何もしていない。 シンプルに、あなたに対してハートを開いているだけだ。 私がハートを開くと、私の存在が、私の魂が開き、あなたはそれを吸収する。
あなたは「私であるもの(who I am)」と同じだ。 このプレゼンスによって、あなたは自分自身を思い起こす。 たったそれだけの事だ。 私は「あなたであるもの(Who You are)」を目覚めさせる。 それが全てだ。
私は、あなたのマインドには焦点を当ててはいない。 リトリートでは、カルマや潜在意識にもワークをするけれどもね。 しかし、焦点は「これ」だけだ。
あなたが海に飛び込めば、あなたは泳ぎを思い起こす。 それと同じだ。 私は「これ」だ。 あなたもまた「これ」だ。
唯一の違いは、あなたは「これ」を忘れてしまった。
カルマが、それを忘れさせる。 マインドが壁を創り、それを見えなくさせる。 自分が誰かが見えなくなり、見えるのはマインドだけとなってしまった。 真実の力でマインドが取り除かれると、あなたは自分自身を見る事が出来る。
この「恩寵」は、いったい何処か来るのだろうか? それは「恩寵」からだ。 「神」は何処から来る?
キ:「神」から、、。
フ:これが、悟りの責任だ。 今生で、あなたは解放され自由となる。
あなたの探求は、少し長過ぎた。 今こそ、そこに到達し明け渡して死ぬ時だ。
死ぬのはあなたではなく、マインドだ。 あなたの質問や疑問は死ぬ。 あなたのマインドには、もう生き延びる機会がない。
この光のパワーの方が大きい。 神のパワーは、マインドよりずっと大きい。 いったんそれがあなたの人生にやってくると、あなたはそれでお終いとなる。
(8)存在の深みへ
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